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「ノアちゃんどうしよう。男の子に好きだって言われちゃったよお」
「ブランはその子のことが好きなの?」
「えっ! 好きとか……そんなこと考えたことないよ」
「その子のことはなんとも思ってないの?」
「は、初めて会った子だし、どんな子なのかも知らないし……」
「これからも好きになることはない?」
「た、たぶん」
「断れる?」
「ええっ! む、無理だよ……だって男の子だよ!」
「よし。じゃああたしに任せなさい」
 自分とそっくりなブランの顔を見つめてその肩をぽんと叩いた。当人はぽかんと目をぱちくりさせている。
 髪を切ろうか迷っていた。小さい頃のように伸ばした姿も見たいとブランが言うからここ最近切らずにいたけれど、そのせいで髪色と瞳の色を除けばブランと瓜二つになっていた。当然だ。双子だもの。
 男の子に興味はない。男はみんなろくでなしだ。そのせいで母はひどい目に遭った。兄であるアーロンは好きな女の子に告白もできないヘタレだ。一途なのはいいけれどいい加減漢気を見せないとベティには一生気付いてもらえないに違いない。やっぱり男は当てにならない。
「ノアちゃんはもっと髪を伸ばせばいいと思う」
 以前真剣な眼差しでブランがそんなことを言った。いつもノアールの着せ替え人形だった彼女は初めてそのとき着ていたひらひらとした服を押し付けるように「これはノアちゃんが着たら似合うと思う……!」と大変なことを言っているかのように体を震わせながらそう言ったのだ。
 どうしたのと訊くとブランは少しだけ顔を歪ませながら「だって……ノアちゃんはもっと女の子の格好をしていてもいいと思ったから。『男の子』にならなくていいんだよ」とノアールの手をぎゅっと握りしめた。
 そのとき初めて自分の気持ちに気付いたような気がした。ブランは自分よりもずっとノアールを見ていてその真意に気付いていたのだ。
 母の違う姉が一人いる。その人の母は高貴な生まれで父の相手にぴったりな女性だった。父の真意は未だに分からない。動物の血を引く身分の低い半獣神(はんじゅうしん)であった母のことを本当に愛していたのかそれともただの遊びだったのか。いずれにせよ母は父の一族から疎まれ蔑まれ迫害されるようにこの辺鄙な土地に暮らさざるを得なくなったのだ。
 兄は母を守ってくれているだろう。捨て子だった可愛い末の妹も、大切に育ててくれている。ただノアールの中ではどこかで男に対する冷たい憎しみがあったのだ。そしてその思いは自分自身が男になることで母を守り妹を守れると思ったのだ。
 そんなことをブランに言われるまで気付きもしなかった。自分がなぜ男の子のような髪型を、格好をしているのか。自分自身が気付いた瞬間なんだか苦笑いを浮かべてしまった。
 自室に辿り着くとさっそく髪の色を染めた。水色が桃色へと染まっていく。桃色の髪。ブランと同じ髪の色。ブランの瞳は水色だったがまあ仕方ない。自分の桃色の瞳で妥協しよう。そうそう獣の耳も色違いだった。瞳はまだしもこんなに黒々した耳はさすがにばれるだろうか。まあそのときはそのときだ。
 衣装ダンスからブランが好む服装に着替える。鏡で見ると益々ブランだ。少し同じにするだけで瓜二つになる。そう、自分たちは双子だもの。
 広間に不安げに座っているブランがいたので声をかけた。彼女は自分の姿に驚いたようだがノアールは気にせず目の前を素通りした。理由は聞かなくても分かるだろう。
 告白の相手が待ってる場所まで行くといかにも自信ありげな男が優雅に座っていた。その間にも取り巻きの女の子が黄色い声を上げている。告白したのが気弱そうな少年だったとしてもブランを守れない男はお断りなので結局同じ言葉を口にすることになるのだが、相手がここまで嫌味な奴だと少し安堵する。
 やあ待っていたよと下衆な顔で両腕を広げられたのでこれ以上ないくらい満面の笑みで近寄っていき「あなたはわたしと誠実にお付き合いする気はありますか?」と尋ねた。
「もちろんだよ。それ以外になにがあるって言うんだい?」
「でも、どうやらあなたの周りには素敵な女性がたくさんいらっしゃるようですね」
「……ああ! 彼女たちは大切な大切な僕の友人だよ」
 途端に女の子たちがきゃあきゃあと悲鳴を上げ誰が大切な友人なのかと男を取り合った。
「こらこら僕のために争っちゃ駄目だよ。僕は君たちを同等に愛しているんだから。君も――君もね」と手の甲に次々と口付けを落としていく。
「あなたはわたしのことも彼女たちと同等に愛してくださるのですか?」
「もちろん! これで君も彼女たちの仲間入りだよ。ここには位なんてない。僕に選ばれた女性同士楽しくお茶会もでき――」
 笑顔を浮かべていた目を開いたら男が吹っ飛んでいた。いや正確に言うと自分が吹っ飛ばした。
 女の子たちの黄色い悲鳴が恐怖の悲鳴に変わった。必死に男の名を呼んでいる。どうやら鼻血も出ているらしい。顔に自信がある男の大切な顔を殴ったのは少々やりすぎたか。
 ノアールは深々と頭を垂れた。
「誠に申しわけありませんでした。しかし好きな女性を一人に絞れないような腰抜け――殿方とわたしは到底不釣り合いな気がいたしますのでせっかくの申し出でしたがお断りさせていただきます。あ、わたしのような乱暴者が加わってもよいのなら喜んで!」
 男は鼻を押さえながらわなわなと震えていたがこちらが冷めたような目で見下していると怒りが消失したのか代わりに大きな声で「母上ええええええ……!」と叫びながら走り去っていった。そのあとをカルガモの親子のように追いかけていった女の子たちも滑稽だったが。
「あーあ……またやりすぎちゃったなあ」
 後悔しても遅かったがあんな男にブランをくれてやる道理はない。ブランに言えば男が殴られる道理もないと怒られそうだが。あんなに可愛い女の子たちもどうしてあんなふしだらな男がいいのか。顔がよくても漢気がなければ女と同じではないか。そんな女の子たちが怖い目でこちらを見てくるとせっかくの可愛い顔が台無しになって溜息をつかざるを得ない。
 家に帰ってブランに早々に宣言した。
「あたしやっぱり髪切る。どう考えても女の子らしくできないや」
 またぱちくりと目を瞬くブランに破顔しながら「だってあたし女の子が大好きなんだもん」とそのあとで可愛い可愛い妹をぎゅっと抱きしめながら「特にブランは大好きの大好き。あたしの特別。お嫁にもやりたくない」と額と頬っぺたにそっと口付けをした。
「わ、わたしも……! ノアちゃんのこと……大好き」
 恥ずかしそうに、でもノアールの瞳をじっと見つめながら。
「じゃあ、あたしはブランを守る騎士でいなくちゃね。……騎士でいても、いい?」
 膝を突いて上目遣いで尋ねるとブランは白い耳まで赤くして、か細い声で「……はい」と言った。

 

 その日ノアールは髪の色を元に戻し短く切った。そして思う。自分が『男の子』になるのは父への劣等感からなのかもしれない。自分が母を、妹たちを守らなければという責任感からなのかもしれない。けれどそれは無意識のうちに思っていたこと。ブランに言われるまでそのことに気付かなかった。
 だけどノアールという自分は気付いたときから女の子が好きで妹たちが大好きで大好きで仕方のない人間だったのだ。そこに劣等感も責任感も義務感もない。これがノアールの本当の気持ち。
 男の子のような髪にするのはその髪型が好きだから。
 男の子のような格好にするのはその姿が好きだから。
 好きだから。
 それ以外に理由がいるだろうか。
「ねえブラン」
「なあにノアちゃん?」
「好きだよ」
「わっ……! わたしも……好きだよ」
「大好きだよ」
「わたしも……大好き、だよ」
「抱きしめて頬を撫でてずーっとずーっと見つめていられちゃうくらい大好きの大好きだよ」
「わたしも……抱きしめて頬を撫でてずーっとずーっと……もお……これ恥ずかしいよお」
 その顔が見たいから言わせているんだとは妹には言わないつもりだ。
 うーんでも理由を知って怒る顔もまた可愛いんだよねえ。

好きだから  byノアール&ブラン

​著 おうめ
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